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2011年5月29日 (日)

下湯ダム

期間:2011年5月29日
場所:青森県・下湯ダム

青森市街郊外にある下湯ダムを探訪しました。
市街地から10kmしか離れていないのに青森らしくない深山の雰囲気。

関連:ダム便覧 下湯ダム

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運動公園側の道路は1車線で倒木が目立つ。
利用者が少なさそうなので整備もお座なりになっているのかも。

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公園にはダム下流を通ります。

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洪水吐

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白く見えるのは泡だった水。水吐導流部
洪水吐導流部
洪水吐導流部

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日曜日なのに全く人気がありませんでした。
そもそも現在も使われているのか疑問。

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敷地は広いです。

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白鳥鴻彰翁顕彰碑。

ダム建設のため部落の共有地を供し、また補償金を公共施設の整備等に幅広く地元住民に還元したことが記されています。白鳥鴻彰翁は明治にこの地を旧荒川村の財産区にするため尽力した人らしい(明治期にあった官有地払い下げの請願だろうか)。

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冷涼な気候のためこの時期でもタンポポが咲きます。

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ダム堤は通行禁止のため対岸に渡るため一端戻り。

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ロックフィルダムです。

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α55によるパノラマ撮影。

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下湯ダムの碑。

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ダム管理棟。

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駐車場。

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ダム湖「下湯平成湖」。

ダムのさらに上流にはダムに沈んだ下湯温泉の名残の野湯があるらしい。ネットで検索すると河原に手作りの風呂があるみたいです。腕に自信のある人は挑戦してみると面白いかも。

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コメント

初めまして。
私は当時の青森県では太宰 治(津島 修治)の生家、
津島家に次ぐと言われた豪農の出、白鳥鴻彰の末裔です。私の母方の大祖父にあたります。
私が幼き頃は荒川小学校内にあります胸像 白鳥鴻彰を見つめながら、大祖父の業績を知らぬまま無邪気に遊んだものでした。大祖父は子に恵まれ、養子にだした千葉伝蔵も青森市長を3期、務め上げました。母曰く、三内霊園にも土地を寄付した千葉伝蔵の胸像があるとの事。
当時の白鳥家は地域の住民に貢献したと「近代 東北庶民の記録 下」にも記載されております。

ともあれ、私の大祖父を掲載して頂き深く御礼申し上げます。

投稿: 西川 由美子 | 2011年6月12日 (日) 11時55分

はじめまして。

子孫の方からコメントを頂けるとはびっくりしました。
石碑にはその土地の歴史が記されていることも多いので
読めるものは読むようにしています。
歴史の中に埋もれてしまいそうな事柄であっても
時折訪れる人達の心の中には留められるはずです。

これからも大祖父様の偉業は多くの人に伝わっていくことでしょう。

投稿: k1102 | 2011年6月12日 (日) 19時08分

御返礼を頂き、嬉しさで感極まっております。
ありがとうございました。
早速、母にその旨を伝えたところ白鳥鴻彰の子には母の父、白鳥穆郎と養子にだした千葉伝蔵、この2人の兄弟はとても仲が良かったそうです。
千葉伝蔵は妻がすでに他界しており、白鳥穆郎が57歳で亡くなる際にその枕元で「お前までも先に逝くんだが。」と哀惜の情で憚らずに涙を流したそうです。
母曰く「父穆郎は頭の毛が薄かったが、千葉伝蔵はとても綺麗な方だった。」と私が思わず笑ってしまうようなエピソードも教えてくれました。

母は自らの生い立ちの事を決して言わないのですが、この機を絶妙なるタイミングとして私は無理やり母から私の先祖の事を聞こうと思います。沢山ある筈です。

これも貴方様の御蔭で御座います。
深く御礼申し上げます。

投稿: 西川 由美子 | 2011年6月18日 (土) 17時15分

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